アフリカ竹取物語

ケニアで竹の研究をしている院生の記録

こんにちは赤ちゃん

5月31日にS君の弟(スーパーしっかり者)の赤ちゃんが産まれたとのことで会いに行ってきた。


私は産まれて一週間足らずの赤ちゃんに会うのは初めてだった。赤ちゃんの小さな指や耳や鼻を見るのは初めてで、触ると壊れてしまいそうで怖かったけれど、顔を近づけると髪の毛を思いっきり引っ張られて逆に壊されそうだった。


日本からお土産で持ってきたボタンを押すと音が鳴る絵本と夏祭り用ベビー服やらは大人には好評だったのに、肝心の赤ちゃんは私からのプレゼントを見て号泣。

赤ちゃんは意思の疎通も無理だし、理解不能だけれど、それでも家族にとっては無条件に愛情を注げる存在って不思議だ。自分もいつか子供が出来たら上手く世話をすることが出来るのか不安だ。

(2017年6月10日)

なさけない家出

S君の家には常に人が沢山いる。

そして、お互いにプライバシーを気にしていないので常に大音量でテレビをつけたり

大声で話したりをしている。

 

それがケニアでは普通なのだろうし、特に気にしたくはないんだけど・・・

 

自分がその環境に身を置くとなったら、ちょっと話は別である。

 

落ち着いて本も読めない。

 

 

そんなわけで私はイライラしていた。

S君は基本的に猫みたいなので、私の隣にべったりくっついてくる。

かわいいけれど、本を読んでいる私の横でスマホのゲームをやるのはやめてほしい。

私が「音量下げて。」とお願いすると「一番音量小さいよ?」と言われる。

「でも、うるさい!」と言うとS君は徐にいとこが見ていたテレビを消した。

 

・・・テレビの音はまだ遠いから気になっていなかったのに、というかコレ完全に私が悪者。

家族団らんの場クラッシャーやん。。。

 

 

私はあからさまに機嫌が悪くなってS君にキレた。

おもわず私の口からは「日本で働きたいって言ってるけど、ゲームばっかやってるよね!仕事探したの?日本語勉強したの?S君が外国で働くのなんて無理だよ!」みたいなことが出ていた。

 

豆腐メンタルのS君はかなりショックを受けたようだった。

S君のタイプは、皮肉を言われて這い上がるタイプではない(と思う)。属性としては内弁慶ニートだ(と思う)。

 

あまり彼は努力できるタイプに見えないから、S君が日本で働くことは夢のまた夢のような気はしているけれど、本人の夢なのであれば応援はしたい。それに夢は変わりえるものだし、目標を持つことは人生を豊かにする。

 

私がS君に暴言を吐いた後、S君は私を無視するようになった。

交渉の余地もない。

 

私は心底S君とS君の家の環境にイライラしていたので、翌日、S君が留守の間に荷物をまとめてホテルへ移動した。宿泊費はかかるけれど、今はメンタルマネジメントが最優先だ。

 

 

ホテルでは久しぶりにシャワーを浴びて大きなベッドに寝転がったり小説を読んだりしばし久しぶりのお一人様タイムを満喫した。

 

やっぱり、一人っ子として育って、一人暮らしの長い私は一人の時間が最高なのだ!

VIVA一人!一人は至高!!今私はストレスフリーだ!!!

 

 

そんな時間を過ごしたのも束の間、S君からの電話が鳴る。

出ない・・・という選択肢もあるのだけれど、豆腐メンタルのS君をちょっと可哀想と思ってしまう私はきっとだめんずうぉ~か~。

 

私が急にいなくなったことを知り、電話先でパニックを起こしていたS君は約一時間後にホテルへやってきた。

 

やってきたけど、ムスッとして口を開かない。そして、ホテルのフェンスを蹴り始めた。

こちらとしてはケニア人男性がキレてフェンスを蹴っているビジュアルはかなり怖い。

 

この後、落ち着いてからS君と文法の崩壊した英語とスワヒリ語と日本語を投げ交わす喧嘩を数時間して、なぜか私が号泣してS君に慰められるという不本意な結果になった。

 

結局、何も言わずに家出をしたことでS君の家族も心配しているということで週末明けにとりあえずS君家に出戻りした。

 

 

私は研究者である前に、悲しいかな、ひとりの20代の女なのだ。

1人で強く生きて生きたいけど、誰かに傍にいてほしいし、論理的思考で生きていたいけど、感情を爆発させたくなったりもする。

 

2016年6月9日

ベトナム日本料理in Kenya  

 

ケニアに暮らしているベトナム人の友人Cさんがランチに招待をしてくれた。

Cさんの旦那さんはイギリス人で、ナイロビで働いている。

私は、去年の11月にナイロビ日本大使館のイベントで彼女と出会い、今年の3月の彼女がボランティアをしているチルドレンズホームへ遊びにいってきたのだ。

 

 

初めて行った彼女の家は、住民の8割が外国人であろう超高級マンションだった。

いや、肌の色が違う人種がナイロビで安全に生活をしようとしたら高級マンションが一般的である。

 

 

彼女はナイロビで購入したという蕎麦をご馳走してくれた。だしはベトナム風であっさりとしていて美味しかった。私は、Cさんのキッチンでだしまき卵を作った。

 

アジアの食事はアジア人の胃腸に優しい。ケニアへ来てから常にガスが溜まって苦しい状態のお腹が喜んでいた。

 

 

Cさんはチルドレンホームのボランティアでケニア人と上手く活動が出来なくてかなりストレスがたまっていた。

 

Cさんはチルドレンホームの空き時間に情操教育を促すために絵画の時間を設けることを提案したという。ケニア人の同僚も賛同してくれて、役割や準備すること等も決めたという。

しかし、実際にはCさんが一人で活動を展開することになっているという。さらには、同僚はボランティアのCさんに給料を出すように交渉。Cさんが「私は一生ナイロビに住むわけではないし、ボランティアだからお金は渡さない。みんなで絵画の時間を運営してほしい。」と話すと「(自分の)子供が小さいからお金が必要だ。子供が病気だ。」と訴えられたという。

Cさんは、そんな同僚に対して心底疲れていた。そして、子供がいればお金が必要になることは予測可能なのに、その日単位でお金を稼ごうとしたり、計画的でない(それが嘘であったとしても同情出来ない嘘)人生設計や、目的の見えないチルドレンホームの運営に困っていた。

 

なんだか協力隊時代を思い出す。私も、Cさんと同じだった。ひどいときは、植民地時代に白人が残した文献に記されているように現地人は知能が低いという文面はあながち間違っていないのではないか?と思った差月主義者的考えを持ってしまったこともある。その考え方は私のケニア人に対する愛想を悪くし、他人に会うことを拒絶する引きこもりに追い込んだ。

人間、ストレスに苦しめられると残酷になる。他人にも、自分にも。

 

ただ、今研究者という立場からケニア人の特性をみると人間として実に合理的な生き方をしていると感じることもある。例えば、アフリカという風土の中で生きている限り絶対的な未来は存在しない。アジアでは考えられない飢餓や病気が渦巻いており、かつては大陸の中には多様な部族が別々のコミュニティで暮らしており、部族間の衝突も珍しいことではなかった。現在でも、交通事故や病気で急に命が絶えることは決して珍しいことではない。

 

湿潤な大地で長きに渡って農耕を繰り返してきたアジア人からすると、三日坊主な就業態度や有言不実行な態度は信頼できないと思ってしまう。少なくとも私はそう思っていた。

 

私たちアジア人は、ケニアへ来て「もっと、こうすれば良いのに・・・」と思う点を見つけ出すことがよくある。でも、あくまでそれは「私たちの環境では」の話だ。

 

私たちにとって、ケニア人は信用できないように見えてしまう人がいるかもしれない、計画性のなさを感じてしまうかもしれない、もっとマクロで見ればエイズだって小児死亡率が高いことだって私たちにとっては問題として捉えられてしまうかもしれない。

 

でも、それはあくまで外部者が「問題」として捉えていることであって、ケニア人にとっては「日常」に過ぎないことだと思うことがある。その証拠に、人類が誕生してから人間はずっとこの地で生きているからだ。人間の目的は、GDPの向上でもなく、安定な収入を得ることでもない。生物としての人間の目的は命の存続だ。ケニア人はそれがしっかり出来ている。少子化の日本とは違って、みんな子沢山だ。

 

 

アフリカの大地で個人の未来に投資することはリスクの多様性から見て、リアリティが少ない可能性がある。部族コミュニティの中で生きてきた歴史を考えるとよそ者と信頼関係を築く必要性は低いのかもしれない。その一方で、短期的スパンを生き抜いて多くの子孫を残すことはよっぽどリアリティが高いことなのではないだろうか。

 

 

きっと人類存続のためにケニア人から私たちが学べることは沢山あるはずだと思う。

Cさんの絵画の時間が、この後どうなるのかはわからないが、Cさんも同僚も子供たちも全員が異なる価値観を持っているはずなので、どこか落としどころに落ち着くか・・・残念ながら活動そのものが消失するというのが行き着く先のような気がしてならない。(元協力隊の勘)

 

 

なんくるないさ

 

2017年6月14日

妖怪研究者と会う

(ネット環境が悪かったので書き溜めていた記事です)

昨日また、ナイロビ学振オフィスへ行ってきた。
たまたま近くで予定があったので、そのついでに時間があれば借りていた本(きりひと賛歌)を返そうと思ったのだ。


この一週間、研究に対する精神的に焦る気持ちとケニアに適応しきれないまどろっこしさでアウトプット作業やフィールド調査準備がままならないでいた。
だからこそ、学振オフィスのような小ざっぱりとした空間で少しでも作業を進めたかった。


学振オフィスの図書室に入ると日本人が作業をしていた。前回は日本人に会うことがなかったので驚いたが、話してみるとなんと学振オフィスの所長というお偉い方だった。


そして、なんと私がかつて協力隊として赴任していた地域の部族研究をしていたということで大いに盛り上がった。しかも研究対象は妖術と妖怪。かなり興味深い。


光栄なことに、先日、所長がフランスで公演してきたという水木しげるの漫画を用いたフィールド調査手法というスライドも見せていただいた。これまでいろいろな研究を見てきたけれどこんなにオモチロイ研究を見たのはいつぶりなんだろう。大学で面白い研究に研究費を出す京大おもろチャレンジという企画があるが、その企画なんかより断然オモチロイ!!!


日本をバックグラウンドとして戦時中に南方へ出向いて集められた水木しげるの妖怪大全の漫画をアフリカの聞き取り調査で使う(詳しくはひみつ)という斬新な研究法を聞いて、未知なものにチャレンジしたいという研究者心がはしゃいだ。


ケニアの竹の研究でも似たような手法を使うことが出来ないだろうか?
調査地域の竹に関する伝承や利用を調査する上で、所長の手法の真似事が出来るかもしれない。というのは、前回の調査中に調査地域のグループリーダーがキクユ語で「竹と風が歌っている~♪」と歌を歌っていたのだ。当初、フィールドワークに不慣れだった私は住民グループに面と向かって竹の伝承や利用を聞き「竹に関してはわからない。」と言われていただけに、この歌は衝撃であった。
リーダーに話を聞けば、即興ではなく昔家族が歌っていたという。私は現在、調査地には竹に関する理由や伝承があると仮説を立てている。それはこの歌から判明したように、おそらく住民は、普段竹を意識していないだけで実は竹に関しての何らかの見解を持っていると考えているからである。そもそもこの土地は竹林地帯なのだ。


さて、結局この日は学振オフィスでパソコンを開くことなく所長と話をしただけであった。
しかし中身のある話であったし、私としてはかなりの大収穫であった。
ずっと一匹狼の研究者として調査をしてきたけれど、オリジナリティを高めるためには一人でいるんじゃなくて、異分野の研究者の人ともっと関わらなきゃダメだ!

2017年6月14日

コミックでわかるアドラー心理学

日本滞在中に読んだ本の備忘録(現在手元に本がない状態で記憶を頼りに感想を書きます。)

 

協力隊から帰国した2015年くらいからちょくちょく書店で目にするようになったアドラー心理学。名前をよく見にするだけに興味があったものの、なかなか手に取ることが出来ずに早数年。

 

実家の近くで母親と待ち合わせをしているときに、こんなものを購入してしまいました。

 

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Amazon CAPTCHA

 

20分くらいでサクッと読めて、コミックもなかなか面白かったです。

でも、アドラー心理学についての説明は基本的に文章ページでの解説で、図解による解説はほぼなかったのが残念。でも、文章ページも簡潔で読みやすかったです。でも、「コミックでわかる」ってタイトルとはかけ離れてきてるけど。

 

コミックのあらすじは、様々な問題を抱えた人が暮らすシェアハウスが舞台。そこに暮らすアドラー心理学に詳しいイケメンがみんなをポジティブ思考にするカウンセラー的な役割をするというもの。

 

つまり、コミックからわかることは「イケメンは正義!」ということであった。

 

この本から私が掴めたアドラー心理学は、トラウマ克服や周囲の環境を改善するためには・・・因果律ではなく目的論で考えようということ。

 

例えば、「彼氏が他の女の子と遊んでた!ムカつく~!」と言っている女の子がいたとして、

「それは、あなたの男を見る目がないんじゃない?というか、どんな風にいままで彼氏と接していたの?ちょっと前のことを思い出してみようよ・・・。。」と過去に遡って現状を考えるのが因果律

「あなたは女の子と遊んでいた彼氏にムカついているんだね。そんな感情になるってことはまだ彼氏のことが好きなんだね。あなたの目的は彼氏とラブラブになることなんだね。」と現状の感情から目的を推測するのが目的論らしい。

 

今、本が手元にない状態で記憶だけを頼りに書いているから間違っていたらアドラーさんに申し訳ない。

個人的には、他者との関わりを考える上で因果律と目的論の2つの視点を持っていたいと思う。多くの視点で物事を見るほうが、より客観的に冷静に観察ができる。

 

その他にも、アドラーさんは人間の目的を明確化したり幸福についても分析をしたらしいことも書かれていたけれど、その辺の印象は既に希薄。

 

結論として、コミックでわかるアドラー心理学を読んだら、次はコミック版でないアドラー心理学の本を読みたくなった。

 

そして、イケメンは正義。

 

ジョン先生

現地の指導教官であるジョン先生に会うためにジョモケニアッタ農工大学へ行ってきました。

 

ジョン先生は日本で修士ポスドクを過ごしているのでちょっと日本語がわかります。

 

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↑「最近の万博公園(博士論文の調査地)はどうですか?」と聞きながら仕事をするジョン先生。残念ながら私は「太陽の塔が有名ですね・・・。」くらいの知識しかない。

 

ジョン先生との出会いは3年前、私が青年海外協力隊として活動していた頃に遡ります。当時、私の活動を見るために京都からはるばるケニアへやってきた私のボス(日本の指導教官)が「昔うちの研究室にジョン君ってケニア人のポスドクがおってなぁ~・・・」と話したことがきっかけで、ネットで名前を検索してみたら大学の教授になっていたので連絡をとってみたのが始まりです。

 

その後、私は協力隊の任期を修了し、復学した大学院でケニアの竹について研究をしたいとプロポーサルを書いてケニアに所在する某研究機関で研究する計画を立てました。しかし、直前になって某研究機関内の人事異動によって竹に関心をもってくれていた研究者がエジプトへ移動。私はケニア竹について研究したいのにナンテコッタ!!と困っていたとろに手を差し伸べてくれたのがジョン先生でした。

 

そんなわけで、晴れて私はケニアで竹の研究を開始することが出来ました。

神様、仏様、ジョン様ありがたや~。

 

 

ちなみにジョン先生は私を受け入れたことによって、京大と協定関係を結びたいだの、共同研究をして学会発表したいだの、学生を日本に送りたいだの野望は沢山あるようです。

(去年、ジョン先生の所属学部と私の京都の研究室は協定関係を結ぶことが出来ました☆)

 

 

今日のジョン先生との待ち合わせは10時に先生のオフィスでした。私は気合を入れて9時50分に到着。先生はまだいません。10時半になっても誰も来ないので「忘れられてる?」と思って電話をすると、向かっている途中とのことで普通に遅刻でした。

 

現在は学部生の試験期間なので先生は授業がなく、ゆっくり出来るようです。そしてゆっくりしていたら遅刻したとのことでした。本当に日本で生活をしていたのか疑わしくなる新手の言い訳でした。

 

今日は、研究の打ち合わせ~でしたが私の研究内容についてはあらから共有が出来ているので前回の調査で得たデータから作成したスライドを使って進捗の報告をしました。

 

ジョン先生からのコメントは「スライドのデザインが素晴らしい!!!研究はそのまま続けてけばいいんじゃない?」とのことで、嬉しいけどちょっと複雑な気持ちでした。

 

とりあえず、テスト期間が終われば調査補助をしてくれる学生も確保できそうだし調査器具やラボ機材も問題なさそうだから順調に調査は開始できそうです。

 

来週、補助学生はいないけれどフォレスターに挨拶をしに早速フィールドへ行ってきます。交通機関のストライキがないといいなぁ~。

 

 

ジョン先生に、空港の入国管理のおじさんとケンカをしたことを話した結果「やっぱり空港のおじさんが変な人だった。」という結論でまとまりました。

ワイロがほしかったんだろ~な~。私は気弱そうに見えたのかしら?でも、残念だったな。大和魂背負った日本人なんじゃい!なめんなよ!

 

のんびりとした1日

昨日は結局どこへも出かけずに1日S君の家にいました。

当初の予定であった弟の赤ちゃんを見に行くという予定は、グダグダしているS君の生活に合わせたらおじゃんになりました。(後々話をしたら、私はアニメを見ているS君を、S君はずっとラップトップをいじっている私を待っていたらしい。)

 

 ちなみに、私は予定がないなら現地の指導教官のいるジョモケニアッタ農工大学へ行きたかったのですが、指導教官(ジョン先生)が「7日(明日)の9時から16時はオフィスにいるからそこで会おう!」というメールを送ってきたので、大学に行く用事までキャンセルでした。

 

とは言うものの、結果的に1日休めたことは先週まで睡眠時間を削って日本で残された課題に取り組んでから間髪いれずに長時間のフライトを乗り越えた体にはありがたいものでした。

 

お昼ごはんは、家にいた親戚のおばちゃんが作ってくれたムキモ(キクユ族の主食)とビーフシチューでした。久しぶりのムキモは美味でした。これがずっと続くと飽きちゃうんだけど・・・。

 

 水不足にもかかわらず、「お湯浴びしたい・・・」と言ったらバケツ半分のお湯を使わせてくれました。ありがたいです。

水が少ないのに、ケニア受けが良いからといって伸ばしたままの髪の毛を洗うのは至難の業です。日本では髪の毛がキシキシになるからと言って避けているリンスインシャンプーが超便利アイテムに感じます。

 

ちなみにケニア受けが良いロングヘアーを保持しているのは、単にちやほやされてモテたいからでなく、研究にも利用が出来るのです。

 

例えば、始めてあった森林局のおじさんに頼みごとをしたいとき・・・普通の外国人であればまずワイロを要求されます。もちろん私も最初はそうなるわけですが、そこで協力隊時代に鍛えたスワヒリ語を使って「私はこの地域の住民の森林資源利用に貢献するために、研究をしているんです~!だから竹を伐らせてください☆お願いしまーす!」とゴネり作戦を開始します。もちろん、こんなゴネりをするなら美人じゃないと格好つきません。だから、フィールド調査へ行くのに化粧したりもします。ちなみにケニアの女性は2週に1度ヘアサロンへ通うほど髪の毛に関心が高いようです。そこにかこつけて、日本人である私の強み「長い黒髪」はキープしたいところなのです。

ちなみにこの作戦、いまのところ全勝です♪(スワヒリ語でゴネる外人がめんどくさいだけな気もするけど)

 

お湯も浴びれてさっぱりしたのに、何故か私の体は謎の虫(多分ダニ)に攻撃されて至るところが赤くはれています。まだ来ケして2日しか経っていないのに・・・。

 

この虫刺されには、ムヒとオロナインではどちらが効果あるか人体実験してみようと思います。