アフリカ竹取物語

ケニアで竹の研究をしている院生の記録

気分は里帰り

さて、昨日ケニアに到着した後

ケニア人の友人(S君)が空港まで迎えに来てくれるとのことで

スマホSIMカードをサファリコム*のものに入れ替え、空港のサファリコムショップでM-PESA**に入金をして連絡をとった。

 

*サファリコム:ケニア主流の携帯会社。日本のdocomoのようなポジション。

**M-PESA:東アフリカで発達したモバイルマネーシステム。クレジットカードがなくともサファリコムのSIMさえあれば手続きが可能。私はここから携帯料金を支払うために利用している。

 

S君はもう空港にいて私が今回利用したエチオピア航空の到着口でずっと待っていてくれたらしい。しかし、お腹が痛くなってトイレへ行ったとのことだった。

 

飛行機の中では、久しぶりに会うS君に「ローングタイムノーシーユー!!」と言いながら抱きつく、よくドラマでありがちな空港ラブを実施しようと目論んでいたものの

S君はトイレだし、私は入国管理局のおじさんのせいで想定外に入国が遅くなってイライラしてるしで・・・それどころじゃなかった。

 

U-berというタクシーアプリで、タクシーを呼んで待っている間S君と空港のカフェでチャイタイムとした。まだ日本から着たばかりだから、チャイ1杯100ksh(約110円)に違和感を持たないものの、地元では「20~30kshなのに!」と騒ぐS君をみてケニアを実感する。

 

今回もホームステイさせてもらうS君の家へ向かう途中の景色は、物乞いがいたり、牛が歩いていたり、バナナ売りが車のドアを叩いてきたりしたけど・・・もうそんな光景を珍しく感じなくなっている自分が悲しかった。

 

考えてみれば約1ヶ月前までここに住んでいたんだし、もうかれこれ合計2年半以上ケニアに住んでる。小さい頃から父の転勤が多く、幼稚園を過ごした静岡は思い出の地として印象深いけれど、そこに住んでいた期間は2年間。私のケニア生活より短い。つまり私にとってケニアは故郷の1つのような場所なのだ。

 

S君の家も、今年の2月から4月までのナイロビ滞在中に住んでいたところなので

到着するとやはり懐かしさを感じた。

 

S君の家はケニア中流家庭といったところだろうか。

停電がなければ電気は使えるし、水も乾季でなければ使える。ちなみに今6月は大雨季後なので水があることを期待していたのだが、今年の雨季はあめがあまり降らなかったらしく水道からの水は毎週金曜日しか出ないとのことでみんな貯水した水をチビチビと使っていた。あまり水に期待はしない方がよさそうだ・・・。

 

S君は2人兄弟でケニアの平均からすると兄弟の数が少ない。しかし、S君の母はS君の父の再婚相手で、再婚前に父は2人の子供がいたという。

現在、ケニアの首都ナイロビの夫婦間当たりの子供の数は日本と大差がなくなってきているように感じる。一方で、ナイロビでもスラム地域やケニアの地方都市における夫婦間の子供の数は7~11人が主流だろうか。(ちゃんとしたデータは見ていません。あくまで個人的な所感です。)

 

しかし、常に家には10人前後の人が出入りをしている。親戚や友人がわりと自由に出入りをしているのだ。核家族化が進んだ日本から来たので、最初はプライベート空間のないこの生活環境には圧倒されたが、だからこそ私がここに住むことも出来るわけだし、慣れてしまえば問題ない・・・はず。

 

それはそうと、私が使っているベッドはS君の弟のベッドである。彼は現在、ナイロビ郊外に彼女と暮らしている。ちょうど先週、その2人の間に赤ちゃんが産まれたそうだ。今日はS君とその赤ちゃんに会いに行く予定・・・だったのだけれど、さっき昼前に起きてきたS君は現在、どこかからダウンロードしてきた進撃の巨人を見ているからどうすることやら・・・?

 

私は私で昨日は早く寝たのに若干まだ時差ボケが残っていて頭がボーっとする。