アフリカ竹取物語

ケニアで竹の研究をしている院生の記録

ジョン先生

現地の指導教官であるジョン先生に会うためにジョモケニアッタ農工大学へ行ってきました。

 

ジョン先生は日本で修士ポスドクを過ごしているのでちょっと日本語がわかります。

 

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↑「最近の万博公園(博士論文の調査地)はどうですか?」と聞きながら仕事をするジョン先生。残念ながら私は「太陽の塔が有名ですね・・・。」くらいの知識しかない。

 

ジョン先生との出会いは3年前、私が青年海外協力隊として活動していた頃に遡ります。当時、私の活動を見るために京都からはるばるケニアへやってきた私のボス(日本の指導教官)が「昔うちの研究室にジョン君ってケニア人のポスドクがおってなぁ~・・・」と話したことがきっかけで、ネットで名前を検索してみたら大学の教授になっていたので連絡をとってみたのが始まりです。

 

その後、私は協力隊の任期を修了し、復学した大学院でケニアの竹について研究をしたいとプロポーサルを書いてケニアに所在する某研究機関で研究する計画を立てました。しかし、直前になって某研究機関内の人事異動によって竹に関心をもってくれていた研究者がエジプトへ移動。私はケニア竹について研究したいのにナンテコッタ!!と困っていたとろに手を差し伸べてくれたのがジョン先生でした。

 

そんなわけで、晴れて私はケニアで竹の研究を開始することが出来ました。

神様、仏様、ジョン様ありがたや~。

 

 

ちなみにジョン先生は私を受け入れたことによって、京大と協定関係を結びたいだの、共同研究をして学会発表したいだの、学生を日本に送りたいだの野望は沢山あるようです。

(去年、ジョン先生の所属学部と私の京都の研究室は協定関係を結ぶことが出来ました☆)

 

 

今日のジョン先生との待ち合わせは10時に先生のオフィスでした。私は気合を入れて9時50分に到着。先生はまだいません。10時半になっても誰も来ないので「忘れられてる?」と思って電話をすると、向かっている途中とのことで普通に遅刻でした。

 

現在は学部生の試験期間なので先生は授業がなく、ゆっくり出来るようです。そしてゆっくりしていたら遅刻したとのことでした。本当に日本で生活をしていたのか疑わしくなる新手の言い訳でした。

 

今日は、研究の打ち合わせ~でしたが私の研究内容についてはあらから共有が出来ているので前回の調査で得たデータから作成したスライドを使って進捗の報告をしました。

 

ジョン先生からのコメントは「スライドのデザインが素晴らしい!!!研究はそのまま続けてけばいいんじゃない?」とのことで、嬉しいけどちょっと複雑な気持ちでした。

 

とりあえず、テスト期間が終われば調査補助をしてくれる学生も確保できそうだし調査器具やラボ機材も問題なさそうだから順調に調査は開始できそうです。

 

来週、補助学生はいないけれどフォレスターに挨拶をしに早速フィールドへ行ってきます。交通機関のストライキがないといいなぁ~。

 

 

ジョン先生に、空港の入国管理のおじさんとケンカをしたことを話した結果「やっぱり空港のおじさんが変な人だった。」という結論でまとまりました。

ワイロがほしかったんだろ~な~。私は気弱そうに見えたのかしら?でも、残念だったな。大和魂背負った日本人なんじゃい!なめんなよ!